立場が変われば違う考え方がある
千葉産業保健総合支援センター 産業保健専門職 長尾和枝
30年以上前、自分の未熟さに気がつかされる出来事がありました。当時、私は、白血病などの血液疾患の専門病棟の新人看護師でした。病棟は、病院の最上階にあり、“天国に一番近い病棟”と患者さん達がおっしゃるほど、闘病仲間の死を受け入れながら、治療を続ける人たちが入院していました。ある時、20歳代の白血病の女性が、「みんな(同じ病気の女性患者さん達で、子どもがいる)は、私に『あなたは独り身でいいわね。(死んだ後の)心配することがない。』って言う。みんなが、そう考える気持ちはわかる。だけど、私も結婚したいし、子どもを育てたい…。」とおっしゃいました。
病棟では、感染症予防のため子どもの面会は禁止、携帯電話はない時代、週末の病棟の1台の公衆電話は、自宅にいる我が子と話をする患者さんたちが、順番待ちをしていました。そんな闘病生活を見ていた私は、“みんな”の気持ちをとてもよく理解できました。しかし、私は、彼女の言葉にはっとさせられたのです。それは、私が、“みんな”の気持ちの方に強く共感していたことに気づかされたからでした。治療という同じ環境にいながらも、それぞれの立場によって価値観に多様性があること、“立場が変われば違う考え方がある。”ことに気づかせてくれた出来事でした。
治療と仕事の両立支援では、様々な立場の人にお会いします。病気になるという想定外の事態に、日常は一変し、「これからどうするか(どう生きるか)…。」を考えなければならない人への支援は、その方法について、様々な視点で検討を重ねることが欠かせません。しかし、事業場において、両立支援の担当は、相談窓口一人ということが多く、様々な視点を持った支援者がチームで相談者にかかわれる恵まれた体制ばかりではないと思われます。“立場が変われば違う考え方”があります。担当する支援者だけでは、見逃している視点に気がつき、客観的な視点を持てるように、事業場内に複数の人がかかわる支援体制があること、また、事業場外にも相談先があることを知っていることは重要だと考えます。
千葉産業保健総合支援センターには、両立支援を担当する人から、「病気になった従業員がいるが、どのようにしたらよいのか。」、「支援を開始しているがこれでよいのか。」などの相談が寄せられます。相談内容に応じて、センターに在籍する相談員につなぎ、様々な専門分野の意見を聞けるようにしています。また、私たちが事業場を訪問し、両立支援を具体的に進める支援をしています。
白血病になった競泳の池江璃花子選手は、オリンピックの大会後のインタビューで、「自分で、未来は変えていくものだと思う。」と話されていました。治療と仕事の両立支援は、健康な時に積み上げてきたキャリアに、周りの人の理解と協力と少しの工夫で、更にキャリアを積み上げていくための支援だと考えます。千葉産業保健総合支援センターでは、病気になった労働者の次へのステップに進む力を信じて、多様性を考えながら、“未来を創る”お手伝いをしていきたいと考えています。