産業保健活動の中で経験してきた「治療と仕事の両立支援」を振り返って
東京産業保健総合支援センター 産業保健専門職 田中 希実子
今回 このコラムを書かせて頂くにあたり、今まで長年行ってきた産業保健活動の中で「両立支援」について改めて振り返る機会を持つことが出来ました。骨折のように治療経過や回復のステップが分かりやすい支援に比べて、がんをはじめとした長期に治療が必要な病気が思わず見つかり、病気と向き合いながら働く従業員への支援は、共に迷いながらそして立ち止まりながら関わることを大事にしてきました。産業保健スタッフの一員として、本人とは上司に何を伝えるのかを一緒に整理したり、上司に対しては配慮事項や対応の仕方をわかり易く説明するなど、「分かり合う」「つながっていく」ことが出来るように動いてきたと思います。
治療のために一度休職された方が職場復帰を目指すには、病状だけではなく「通勤」と「通常業務のたな卸し」へのハードルがあります。現在のような手術や放射線療法が進む前は、例えば2~30年前のがんや脳血管疾患は開腹や開頭手術など侵襲が大きく、リハビリ期間も長くかかっていたものです。産業保健師は、本人から「主治医もそろそろ職場に戻ったら?といっているし、自分も大丈夫と思う」というご連絡を頂いた後産業医面接を設定するのですが、退院後の家庭生活と「通勤負荷」はかなり違っていることを面接の場で述べる従業員は多かったように思います。後日、「面接の日は疲れて横になってしまった」「今までは普通に通勤していたのがこんなにきついなんてびっくりした」と述べられ、復職に向けたウォーミングアップの重要性をあらためて認識されました。そして職場復帰がゴールではなく復帰後の働き方や未来の姿を一緒に描きながら通勤訓練の仕方や課題を整理し、上司も一緒に通勤経路をなぞったこともありました。復帰前に主治医や家族とも認識をあわせ、通勤初日を迎えることが出来たことを本人・上司と一緒に喜んだことを思い出します。
また、今まで通りの業務が出来るかも事前にすり合わせをする必要があります。「電卓がたたけるのか」「マウスがスムーズに使え入力間違いがないか」「製図のトレースが出来るか」「パンフレットの入ったカバンが持てるのか」など業務に合わせた確認を行い、上司や人事と段階的な復帰を検討することで本人のリハビリ意欲も高まっていったことも思い出されます。
現在は、がんや脳血管疾患であっても手術療法・放射線療法・化学療法が発展したことにより体への侵襲が減り体力の消耗が少なくなって、体調の回復が早くなったことだけでなく、社内の休暇制度や勤務制度の整備が進んできたことや、車いす用やオストメイト用のトイレなど環境整備が整いつつあることも「治療と仕事の両立」がしやすくなってきたのではないかと思います。街のバリアフリー化も進み、段差のない道も多くなり電車やバスの乗降も車いすであってもスムーズになってきました。コロナ禍にあっては、在宅勤務の事業所も増えており通勤のハードルも今後さらに低くなるのかもしれません。
治療と仕事の両立支援は、本人の申し出から始まります。スムーズに職場復帰できれば良いのですが復帰に向けての課題があった時は、本人・産業医・主治医・上司だけでなく、人事や家族など関係者を巻き込みながら丁寧に職場復帰のプロセスを踏んでいくことの重要性を痛感しています。長期にわたる治療計画・キャリアパスのなかで、どのようにイキイキと自身の職業生活を全うしていくのか、疾病を抱えながらどんな貢献が出来るのかを共に考え、従業員自身の考えを言語化して発信できるような支援を続けていきたいと考えます。