今月の現場から(保健師コラムリレー)

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糖尿病治療とバス運転業務の両立支援

西武バス株式会社 人事部厚生担当 保健師 須藤ジュン

私はこれまで小売業、建設コンサルタント業の保健師として従事し、2019年からはバス会社で勤務しています。入社当初は健康診断後の受診勧奨が主な業務で、通院治療しているのに血糖コントロール不良の社員が一定数いることが課題でした。

 運転士のAさんは、健康診断でHbA1c値が8%を超えたため受診勧奨対象となり、治療が開始されました。しかし、HbA1c値が改善せず保健師面談を行ったところ、Aさんは食事をとらないときは食後の薬を飲んでおらず、朝昼夕の処方に対して6割ほどしか服薬していないことがわかりました。運輸業特有の労働環境の一つとして、運転士の勤務時間がとても不規則であることが挙げられます。当社の運転士の1日の労働時間は7〜13時間で、出退勤時刻や休憩時間は毎日変わります。例えば、ある日の出勤時刻は5:19で休憩時間は9:47〜10:53、終業時刻は13:37、翌日の出勤時刻は6:42で休憩時間は10:43~12:21と16:10~17:15、終業時刻は20:46といったように時間帯も異なり、変更はできません。このような勤務により、Aさんは「早番の日は朝食をとらない」「休憩時間に空腹でなければ食事はとらずに仮眠する」という習慣になっていました。
 保健師から、休憩時間が毎日バラバラであることと、処方通りに飲めず薬が手元に残っていることを主治医に伝え、食事と服薬をどのようにしたらよいか相談するよう助言しました。最初は主治医に叱られると拒否的だったAさんですが、このままでは高血糖か低血糖を起こす可能性があり、乗務中にめまいや意識障害となれば重大事故になりかねないと説明すると、最後には了承してくれました。それでも、直接主治医に言いづらいとのことだったので、上記をメモ用紙にまとめて「心配」と書き添えて看護師に手渡すよう伝えました。その後の健康診断でAさんのHbA1c値は7%前半まで下がりました。

 同様の面談から、主治医にバス運転士であると話しても、勤務時間や食事時間が毎日違うことまでは伝わりにくいのだとわかりました。また、病気の理解が十分でなく、薬の服用や食事療法・運動療法を自己流で行っている社員が複数いました。そこで、HbA1c 7.5%以上の社員を対象に保健師面談を行い、食事・運動・睡眠と服薬の状況、治療に関する困りごとを確認するようにしました。そして、治療の妨げとなっていそうなことを一緒に考え、主治医に何を伝えるとよいか助言しました。
 さらに、当社の労働環境や社員の特徴を把握するにつれて、もっと積極的に主治医と連携してよいのだと考えるようになりました。現在では、受診勧奨対象者への文書に医師宛文書を添付し、健診結果票とあわせて医師に見せるよう通知しています。この医師宛文書には職種別の勤務の特徴のほか、バス事業者として安全な運行という観点で社員の健康管理に取り組んでいることを記載しています。

 前職までの経験では、糖尿病での両立支援と言えばインスリン療法導入時の単発的なかかわりがほとんどであったため、踏み込んだ対応をとってよいのか迷いがありました。しかし、入社当初の気づきから戦略的に保健師面談を展開し、会社から主治医へ勤務情報を提供する仕組みができたと思います。
 運転士の平均年齢は高く、業界全体で高齢化が進むことから、両立支援が増加することが予測されます。一連の流れを振り返ると、個別支援から浮かび上がった課題を関係部署や産業医と共有し、よりよい仕組みをつくって定着させることも保健師の重要な役割であると実感しました。既存の知識や経験だけに頼るのではなく、常に社員の声に耳を傾けて保健師活動を進めていきたいと思います。

※本コラムで紹介している事例は、筆者の自験例を元に作成したものです。

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